2021年NHK大河ドラマ「青天を衝け」主人公の渋沢栄一一行は、やっとフランスの地に足をつけたのは2月29日の朝、マルセイユの港でした。
横浜港を出港してから48日にも及ぶ長旅でしたから、ホッと一安心したことでしょう。
フランス政府の高官や市長・幕府のフランス留学生など、多くの人達が出迎えに訪れ、祝砲が鳴り響く中での上陸でした。
フランスの煌びやかな文明に目を見張り、その力に圧倒されている武士たちが少し浮足立ちながらもフランスでの外交を進めていくことになるのです。
しかしそれは大きな波乱を招く最初の一歩でもあったのです。
★渋沢栄一パリへの航海を綴る「青天を衝け」2021年NHK大河ドラマに記事はこちらへ☟
パリ万博を前にして・・・
パリの万博前に一行が目にした者は、とにかく驚きの連続でした。
美しく整備されたマルセイユの街並みを視察し、夜には芝居も見ています。
宿泊先は「グランドホテル・マルセイユ」。
3月1日には昭武一行はマルセイユで記念写真を撮っており、それが今も残っています。
先発でパリ万博の準備をしていた面々は洋装ですが、後発の渋沢栄一一行は武士としての正装です。
煌びやかなフランスでは、きっと異様に映ったに違いありません。
記念写真を撮った翌日にはフランスの海軍基地のあるツーロンを訪ねています。
最新鋭の軍艦に乗り、渋沢栄一も大砲を試射するなどし、その後は製鉄所や兵器貯蔵庫なども見学したと記録されています。
空に浮かぶ飛行船、海に潜る潜水技術、渋沢栄一たち武士にとっては未知との遭遇そのものです。
パリに着いたのは1867年3月7日でした。
ここでも盛大な出迎えを受けた後、宿泊先は「グランドホテル・ド・パリ」、現在のルグランホテルです。
このホテルは、パリ万博博覧会に招待する外国の国王などをもてなすために、
当時のフランスが持つ最高の技術を集め、最大の贅を尽くして建設されたホテルでした。
当時すでにエレベーターが完備され、客氏には浴槽があるという世界最高級のホテルでした。
徳川将軍の弟という立場にある徳川昭武でも、今まで経験したことのない豪華さだったことでしょう。
この時代、フランスは皇帝ナポレオン3世に時代です。
皇帝ナポレオン3世が派手好きだったこともあり、このような贅を尽くしたものがそこかしこに溢れていた時代でもあります。
元々ルイ王朝なども派手好きの極み的なこともあり、それがフランスの文化だったのでしょう。
渋沢栄一たちはベルサイユ宮殿、テュイルリー宮殿、ルーブル美術館、ノートルダム寺院など、日本とは別世界ともいえる光景に唖然としていました。
至ることろを飾る彫刻、光り輝くステンドグラス、天井画や壁画の色使いや美しさなど、どれをとっても圧倒的な文化と経済力の差を感じないわけにはいかなかったでしょう。
公式なパーティーに参列する機会もあり、男女ともに正装しお互いに手を取って踊るという日本にはない姿にも驚いたようです。
渋沢栄一はここで書記兼会計係として仕事をしていました。
ホテルの宿泊代が余りにも高いことに驚き、自分で下宿先を探し、シャルグラン通りにあった借家に数名と引っ越しています。
1ヶ月後には日常会話に困ることは無くなったと言いますから、頭の良さや柔軟さはやはり生まれついてのものだったのでしょう。
パリ万博の意図
パリ万博はナポレオン三世が自分の実力を世界に知らしめることが最大の目的でした。
ナポレオン1世と常に比較され続けてきたナポレオン3世にとって、それに勝る存在である自分を世界に発信する必要があったのでしょう。
1853年からパリの街路整備・上下水道整備・学校や病院などの公共施設の拡充など、近代都市としてのパリを作り上げていったのです。
その先にあったのがパリ万博でした。
次回はパリ万博での日本の様子を紹介します。
青天を衝けでもパリ万国博覧会を放送しますよ。
BELLE EPOQUE のPARISはとても素敵だと思います。
PARISは世界一SEXY&SENSUAL CITYです。
ありがとうございます!
コロナが終息したら、是非行ってみたいです♪