龍馬ファンなら最初に行きたい京都霊山護国神社 龍馬の墓前で合掌! 

 

坂本龍馬が好きですか?

壮大な夢を追いかけ、その夢を叶えることができずに非業の死を遂げた坂本龍馬。

だからこそ、伝説になった男に憧れる人は沢山います。

 

むしろ、坂本龍馬のファンの数は後を絶たないといった方が適切かもしれません。

ファンになったら、まずは行ってみたいのが坂本龍馬お墓参りではありませんか?

坂本龍馬の御霊が眠る京都霊山護国神社を詳しく紹介します。

 

 

京都霊山護国神社とは

 

京都霊山護国神社は、明治天皇の勅旨によって明治元年に建てられました。

幕末から明治にかけて、尊王攘夷派、佐幕派と分かれて戦った多くの若者たちの遺骨がここに祀られています。

 

彼らに思想の違いはありましたが、目指すところはより良い日本の未来でした。

こうした若者たちの御霊を祀ろうと、明治天皇が詔を発令した際は、公家や諸藩関係者は喜んで招魂社を建立しました。

 

最初の京都霊山護国神社は、霊山官祭招魂社と言いましたが、1939年志士たちを合祀した社殿が建てられ、名前を京都霊山護国神社と改めました。

最初の招魂社には、禁門の変や池田屋事件などで亡くなった志士たち549名が埋葬されています。

 

京都霊山護国神社の周辺は明治維新跡公園として開放されています。

公園から墓地に至る道は「維新の道」と呼ばれています。

霊山の頂上に登ると、坂本龍馬や志士たちが走り回った京都の街並みが一望できます。

 

霊山を登っていくと、中腹に志士たちのお墓があります。

坂本龍馬、中岡慎太郎、木戸孝允、大村益次郎、高杉晋作、久坂玄瑞など、そうそうたる名前が連なっています。

 

坂本龍馬のお墓には、妻だったお龍さんの遺骨も分骨されているそうです。

 

 

また、京都霊山護国神社には維新の志士たちだけではなく、日清・日露戦争や第二次世界大戦で亡くなった兵士たちも祀られています。

 

龍馬の命日である11月15日には、「龍馬祭」が模様されます。

龍馬の故郷、四国高地県出身の高知県人会からの差し入れで、龍馬の好物だったしゃも鍋が振舞われます。

 

龍馬が亡くなった11月15日のその日も、龍馬は風邪気味だからしゃも鍋が食べたいということで下僕を買い物に出し、その直後に襲われています。

 

龍馬の命日が近くなると、京都市内の龍馬ゆかりの地で「龍馬よさこい」も開催されます。

龍馬の故郷高知の「よさこい鳴子踊り」、京都の「競炎 そでふれ」、中国地方の踊り「うらじゃ」など、個性豊かな演舞が日本中から集まった学生たちによって披露されます。

 

 

京都霊山護国神社への行き方

 

 

JR京都駅、京都四条駅、阪急河原町駅から、祇園方面行きの市バスで10分。

東山安井バス停で下車します。

バスを降りたら南に50メートルほど進み、最初の信号を左に曲がります。

そのまま500メートルほど道なりに進むと、京都霊山護国神社が見えてきます。

 

車の場合は、近隣のコインパーキングを利用しましょう。

予約ができるパーキングもありますので、事前にチェックしておくことをお勧めします。

 

拝観時間:開門8時・入山受付9時・閉山17時

拝観料:境内は無料 霊山墳墓拝観料は大人300円

注意点:拝観時、墓前に供えたものは必ず持ち帰りましょう(線香以外)

 

まとめ

 

11歳までおねしょをしていたといわれる坂本龍馬。

子供時代は、臆病で泣き虫だったという龍馬が、亡くなって150年以上の時が流れても未だに英雄として憧れられる存在でいるというのは不思議な気がします。

 

時が流れてもなお人の心を揺さぶってやまない坂本龍馬を、少しでも身近に感じたいならお墓参りはお勧めです。

京都霊山護国神社で、苔むす墓石に手を合わせ、今の日本の礎を作ってくれた坂本龍馬や志士たちの冥福を祈りたいですね。

 

 

 

 

 

 

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