坂本龍馬を斬った本物の刀があるって知ってる?場所は霊山歴史館

 

京都霊山護国神社には、志士たちの血染めの陣羽織や経帷子、坂本龍馬を暗殺した刀など、沢山の展示がある霊山歴史館があります。

 

幕末や維新の英雄たちに憧れる人なら、霊山護国神社と霊山資料館はぜひセットで見ておきたいのではないでしょうか?

 

幕末好きには堪らない霊山歴史館のお勧めと行き方を紹介します。

 

霊山歴史館の見どころ

 

霊山歴史館は、昭和40年(1970年)京都に開館しました。

幕末や明治維新を総合的に研究するのが目的の、専門博物館です。

 

幕末まで、京都は政治の中心でした。

そのため、新しい思想を掲げた若者たちが京に集まり、それぞれの主義思想に基づいて新しい日本を作ろうと躍動したのです。

 

この時代の志士、天皇、公家、文人、画家などの遺品や資料が展示されています。

霊山資料館の収集品は500点以上に上り、その中から100点前後を展示しています。

勤王・佐幕、両方の立場を片寄りなく見られる貴重な資料館です。

 

中でも、坂本龍馬に致命傷を負わせた刀が展示されており、必見の価値があります。

短い刀なので、「えっ! これ?」と思う人もいるかもしれません。

龍馬を斬ったのは、小太刀という脇差程度の小さな刀だったのです。

 

当時、日本の天井は低かったため、通常の刀で侵入するのは分が悪かったのです。

見廻り組の中でも特に小太刀の使い手といわれた2名を、龍馬がいる2階に送り込んだものと見られています。

 

《京都の幕末近江屋事件の真相とは!?の記事はこちらへ》⇩⇩

 

坂本龍馬を斬ったのは、見廻り組の桂早之介で、展示されている小太刀は

脇差/長さ42.1センチ 反り0.8センチ
目釘穴1個/銘文・越後守包貞(偽銘)

というものです。

 

 

坂本龍馬を斬った時、桂早之介は27歳でした。

桂早之助は西岡是心流を習得し、17歳で目録を受けました。

特に小太刀の名手だったといわれています。

坂本龍馬暗殺の約2か月後、鳥羽伏見の戦いで戦死しています。

 

見廻り組とは、新選組同様、松平容保に任命された京都守護を目的とした部隊です。

しかし、新選組は農民や町民の集まりだったのに対し、見廻り組は旗本などの部隊であり、れっきとした武士の集団でした。

 

見廻り組と新選組、京都の治安維持を担っていたとはいえ、新選組は市内を守り見廻り組は武家屋敷を守っていました。

立場の違いや考え方の違いがあって、お互い反目していたといわれています。

 

霊山資料館には、龍馬の刀だけではなく、中岡慎太郎、西郷隆盛、木戸孝允、高杉晋作など倒幕派志士の遺品や、新選組、徳川慶喜、松平容保など幕府側に関する資料も数多く展示されています。

 

霊山歴史館への行き方

 

霊山歴史館へのアクセスをご紹介します。

 

 

京都駅、京都祇園四条駅、阪急河原町駅から市バスが利用できます。

「清水道」または「東山安井」下車。徒歩7分程度です。

 

京都霊山護国神社方面からは無料シャトルバスも運行されています。

http://www.ryozen-museum.or.jp/docs/NEWS-20170514-syatlebus.html

護国神社との往復に利用すると便利です。

 

霊山歴史館まとめ

 

勤王とは天皇に勤めるという意味なので、天皇を日本の長とし天皇の号令の元、開国に踏み切り新しい日本を築こうとした思想をいいます。

 

佐幕とは、天皇ではなく幕府を長として開国しようという流れでした。

 

新しい日本を築こうという最終的な意識は同じだったものの、それを成し遂げるためにこれほどの若い血が流れてしまった時代が幕末・明治維新でした。

 

幕末から明治維新にかけて、ヒーローが沢山誕生しました。

NHKの大河ドラマでも、様々な英雄たちの人生が放映されてきました。

 

でも、ドラマには無いリアルな空気が霊山資料館にはあります。

幕末ファンには垂涎の遺品ばかりではないでしょうか。

ぜひ一度、お出かけになってみることをお勧めします♪

 

 

 

 

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